西郷隆盛が島流しされた西郷南洲謫居跡@奄美大島への行き方など - 毎日が日曜日

西郷隆盛が島流しされた西郷南洲謫居跡@奄美大島への行き方など

      2017/11/04

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

みなさん、こんにちわ。

ノマド旅人ビジネスオーナーの、かつお(@katsuyamamoto)です。

 

さて、幕末ファンの中でも、最も人気が高い維新の志士の1人として挙げられる、西郷隆盛。

 

その西郷隆盛さんは薩摩藩主、島津久光公と折り合いが悪く、計2回の島流しにあっているのですが、最初の島流しで奄美大島に流された時に、実際に住んでいた庵があると言うことで、奄美大島まで訪ねて来ました。

 

その庵では、西郷さんの当時の暮らしぶりや、また現地でめとった妻のご子孫の方がいろいろな説明をしてくれるんですよね。

 

今日はその庵、西郷南洲謫居跡(さいごうなんしゅうたっきょあと)までの行き方や予約方法を解説したいと思います。

西郷南洲謫居跡とは?

 

前述したとおり、西郷隆盛は二度の島流しを人生で命じられていますが、その最初の島流しの先となったのが奄美大島でした。

 

当時32歳の西郷隆盛は、1858年から1861年までの約3年間、奄美大島まで島流しされ、そこで謫居(たっきょ)します。

 

謫居とは、流罪になってその地に住むことですが、西郷さんの場合、年間で六扶持の給与もあったようです。

 

西郷隆盛が当時住んでいた庵を、妻である愛加那(あいかな)さんの子孫の龍家の方が保管し、一般の方々に公開しているものが西郷南洲謫居跡となっています。

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西郷南洲謫居跡への行き方・開館時間・予約方法

 

西郷南洲謫居跡の場所ですが、奄美大島の龍郷町というところにあります。

 

おそらくほとんどの方が車でアクセスすることになると思いますが、駐車場は近くのコンビニの横が専用の駐車場として、5台分止めれるスペースがありますので、必ずそこに駐車しましょう。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

開館時間は午前10時から午後4時30分

 

入場料金は小中学生100円 高校生以上200円

 

見学は事前に予約が必要となっており、問い合わせ先は以下まで

電話番号0997-62-3368

 

西郷隆盛の妻 愛加那とは?

 

後に西郷隆盛の奄美大島での妻となる愛加那さんですが、1837年、龍家の娘として生まれます。

 

ちなみに愛加那さんの加那と言うのは、奄美大島の方言で(可愛い子)と言う意味で、本名は愛子と言うそうです。

 

真面目で気丈で働き者と評判だったそうです。

 

そして、西郷隆盛が島流しされた時に出会い結婚し、この家で実際に暮らしていたそうです。

 

やがて2人の子供(菊次郎と菊草)に恵まれ、後に菊次郎は二代目の京都市長となったそうです。

 

1861年、許されて西郷隆盛は藩に帰りますが、その後2人の子供も西郷家に引き取られます。

 

1人残された妻である愛加那さんは、夫と2人の子供の帰りを待ちわびながら、66歳の時、畑仕事の最中にこの地で亡くなったそうです。

 

実際に西郷南洲謫居跡を見学してみて

 

雨の中、レンタカーで西郷南洲謫居跡へと向かいました。

 

近くの駐車場に車を停めて、そこから徒歩2分ほどです。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

要予約と紹介している割に、僕が訪ねた際は不遜にも予約せずに行ったのでした。

 

現在はこのように、普通の家なのでちょっとわかりにくいかもしれません。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

しかし近づいてよく見てみると、白い表札に薄っすらと「西郷南洲謫居跡」と刻まれています。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

門をくぐると見える、大きな石碑。

愛加那さんのお墓でしょうか?

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

愛加那さんを偲ぶ石碑には、彼女の人となりが刻まれている。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

奥に進むとひっそりと佇む庵が見えてきます。

ぱっと見て、すぐにこれが謫居跡とわかります。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

突然の訪問にも関わらず、見学に対応してくれたのは、おそらく龍家のご子孫の男性の方でした。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

見学料の200円を払い、資料をもらって靴を脱いで、庵の中まで上がります。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

中は本当に狭く、畳2畳分しか無いスペース。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

その奥は畳4畳分ほどの広さになっており、展示物が展示されています。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

勝海舟から贈られた碑文や、実際に西郷さんが使用していた食膳や枕などが展示されています。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

西郷さんの座右の銘、敬天愛人が飾られています。

 

西郷隆盛 島流し 奄美大島 西郷南洲謫居後

 

まとめ

 

実際に「翔ぶが如く」なんかを読んでみると、当時の薩摩藩の気風がよく知られるのですが、本当にその通り、西郷隆盛は質素な畳2畳の庵に暮らしていたんだなぁと実感。

 

また、愛加那さんの子孫がいろいろ説明してくれることで、歴史上の人物と現在が脈々とつながっていることに、感慨深いものがありました。

 

夫と二人の子どもを待ち続けながら、実際には会うこともできず66歳で一人寂しく亡くなった愛加那さんの心境に思いを馳せると、胸が一杯になりました。

 

奄美大島に行かれるなら、幕末ファンでなくとも、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか?

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

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